社内マニュアル、ありますか?
「ある」と即答できる会社でも、もう少し聞いていくと
- 一番詳しいベテランしか作れない、書く時間がないので半年に1回しか更新されない
- どこにあるか聞かれて、誰も即答できない
- Excel の特定のシートの、隠しシートの中に書いてある秘伝のメモがある
- マニュアルにない手順が辞めた人の頭の中にあって、退職とともに失われた
このあたりが出てくることが多いです。
社内 Wiki や社内ポータルサイトを立てる、というのは正攻法ではあります。ただ、6〜20名くらいの中小企業でこれを真面目にやろうとすると、ツール選定・運用ルール策定・編集者アサイン・利用促進、と道具を入れる以前のコストが膨らみがちです。やる前から想像できるので、結局 Excel と口頭伝承に戻ります。
Google Workspace を全社で使っているなら、もう少し軽い解き方があります。Gemini の Gem 機能を2つ作って配るだけ で、ポータルサイトを立てずに「マニュアルを育てる」「マニュアルを引く」の両方を回せます。今回は設計の中身を書きます。
Gem とは: Gemini の中で作れるカスタム指示付きのチャット相手、くらいの理解で大丈夫です。役割・性格・参照ファイル・回答ルールをあらかじめ仕込んでおける機能で、ChatGPT の GPTs にあたるものを想像してもらえれば近いです。Google Workspace の Business / Enterprise プランで利用できます。
全体像:作るのは2つの Gem だけ
| Gem | 役割 | 入力 | 出力 |
|---|---|---|---|
| マニュアル作成 Gem | 業務手順を質問形式でヒアリングし、マニュアルを作る | 担当者の口頭/タイピング回答 | Google Docs のマニュアル原稿 |
| マニュアル参照 Gem | 既存マニュアルを参照して質問に答える | 社員の自然文の質問 | マニュアル該当箇所の引用 + 回答 |
この2つを全社員に配布し、保管場所として Drive 内に1フォルダ用意するだけ。新しいツール導入はゼロです。
マニュアル作成 Gem の設計
属人化したマニュアルが書かれない一番の理由は、「マニュアルを書くこと自体が属人的に大変だから」 です。ベテランほど業務時間を取られていて、まとまった時間がないと書けない、書き始めても「どこから書けばいいかわからない」で止まります。
これを 質問に答えるだけにする のが、この Gem の役割です。
system instruction の方針
要点は以下3つです。
- インタビュー形式に振る舞いを固定する: 「業務名を1行で教えてください」「最初にやることは?」「次は?」「分岐があるならどの条件で分岐しますか?」と1問ずつ聞いていく
- 回答が抽象的すぎたら掘り下げる: 「『お客様情報を確認』だけだと、新人がやれません。どの画面で、どの項目を、何と照合しますか?」と具体化を促す
- 最後に Google Docs に出力できる形式でまとめる: 見出し・番号付き手順・例外処理・参考リンクの構造で、コピペすれば Docs にそのまま貼れる体裁
system instruction はだいたい1ページ分の文章になります。骨子だけ書くとこんなイメージです。
あなたは業務マニュアル作成のインタビュアーです。
ユーザーは社内のベテランで、自分の業務を文章化したいが、
何から書けばいいか分からない状態にあります。
以下の流れでインタビューしてください:
1. 業務名と目的を1問で確認
2. トリガー(いつ始まるか)を確認
3. 手順を1ステップずつ聞く。1問につき1ステップだけ
4. 各ステップで、「具体的にどの画面・どのボタン・どの数値を見るか」を掘り下げる
5. 例外(イレギュラー対応)があるかを最後に確認
6. すべての回答が揃ったら、Google Docs に貼れる形式で整形し、
コードブロックで出力
ユーザーの回答が抽象的な場合は、「新人がこれを読んで実行できますか」
を判断基準に、具体化を促す追加質問をしてください。
担当者は Gemini を開いてこの Gem を選び、聞かれたことに答えていくだけでマニュアルの初稿が手元に揃います。「時間がない」「何から書けばいいかわからない」という、ベテランがマニュアルを書かない定番の言い訳が、このやり方では通用しなくなります。
保存先
出力された Markdown / リッチテキストを Google Docs に貼り、Drive 内の決まったフォルダ(例: /社内マニュアル/)に置きます。ファイル名は 業務名_v日付 のような単純なルールで十分です(細かい命名規則を決め始めると、また始まらなくなります)。
マニュアル参照 Gem の設計
マニュアルが揃っても、必要なときに引けないと意味がありません。社員が自然文で質問すると、該当する Docs の中身を引いて答えてくれる のが、もう1つの Gem の役割です。
ナレッジに Drive フォルダを紐付ける
Gem の設定画面で「ナレッジ」として、先ほどの /社内マニュアル/ フォルダを指定します。これだけで Gem はそのフォルダ内の Docs を参照対象として扱うようになります。
system instruction の方針
ここで重要なのは ハルシネーション(事実に基づかない回答)を抑える ことです。マニュアル参照 Gem が独自解釈で回答すると、社員はそれを「正式な手順」として受け取ってしまい、最悪、本物のマニュアルより質の悪い情報源が会社の中に増えます。
system instruction でルールを固めておきます。
あなたは社内マニュアルの参照アシスタントです。
ナレッジに登録されたマニュアル Docs のみを情報源として回答してください。
ルール:
1. 質問に該当するマニュアル箇所を引用してから回答すること
2. マニュアルに記載がない場合は、「該当するマニュアルは見つかりませんでした。
担当者に確認してください」と返し、推測で補わないこと
3. 古い情報の可能性がある場合は、Docs の最終更新日を併記すること
4. 「マニュアルを更新したほうがいい箇所」を感じたら、回答の末尾に
「[マニュアル改善提案] ...」として書き添えてよい
3つ目の「最終更新日を併記」は地味ですが、効きます。社員が「これは2年前のマニュアルだから一応上司にも確認しよう」と判断できるためです。
4つ目の「マニュアル改善提案」は、参照 Gem を マニュアル更新のフィードバックループ に組み込む工夫です。社員からの質問の中に「マニュアルに書かれていない暗黙ルール」が紛れていることがあるので、それを浮かび上がらせます。
全社員への配布
Google Workspace の組織内で Gem を共有設定にすれば、全社員が Gemini を開いたときに「組織で共有された Gem」として2つの Gem が出てきます。
配布作業はこれで終わりです。
- 朝礼で「これからマニュアルはここの Gem で引いてください」と1回案内する
- 既存の Drive ショートカットに
/社内マニュアル/フォルダを置く - 余裕があれば Google Chat にも Gem を追加する(Chat 内でも呼び出せる)
ポータルサイトを立てる場合と違い、新しい URL を覚えてもらう必要も、ログイン方法を案内する必要もありません。社員はすでに毎日 Gmail と Docs を開いているので、その同じ画面内でマニュアルが引ける状態になります。
ポータルサイトを立てるよりこちらが優れる3点
| 観点 | ポータルサイト | この Gem 構成 |
|---|---|---|
| 検索 UI | 専用検索を実装または導入 | チャットがそのまま検索 |
| マニュアル更新 | サイトに合わせた形式変換 | Google Docs の編集のみ |
| 利用導線 | 別ドメインの URL を覚える | 既存の Gemini / Chat 内 |
導入後3ヶ月でやめても困らない、というのも地味な利点です。Docs 自体は Drive にそのまま残るので、別のツールに乗り換えるときの移行コストが小さい。
気をつけること
- ハルシネーション対策: 参照 Gem の system instruction で「マニュアル外の推測禁止」を強く書く。それでも完全には防げないので、社員にも「最終判断は人間」を周知する
- 更新責任者は人間: Gem は更新を促してくれますが、書き換えるのは人間です。「マニュアル改善提案」を週1で見る担当を1名決めると回り始めます
- 機微情報の置き場: 給与計算・契約書テンプレなど、全社員に見せたくない情報は別フォルダにして Drive の権限で絞り、参照 Gem のナレッジには含めないこと
Gemini プランの前提
このやり方は、Google Workspace の Business Standard 以上のプランで Gemini が利用可能な状態にあることが前提です。プラン名や提供範囲は変わることがあるので、契約状況は Workspace 管理画面で確認してください。
Workspace を契約していない場合でも、Gemini 単体のプランで Gem は使えます。ただし「Drive フォルダの自動参照」の挙動が異なるので、その場合は別の設計が必要です。
まとめ
- 中小企業の社内マニュアル属人化は、ツールを増やすより 書く側と読む側のハードルを Gem で下げる のが現実的
- マニュアル作成 Gem(インタビュー型)とマニュアル参照 Gem(ナレッジ参照型)の2つを Workspace 全社員に配布するだけ
- ポータルサイトを立てる場合と違い、UI 学習コストがゼロで、やめるときの移行コストも小さい
「なぜ Claude Code ではなく Gemini を勧めたのか」の前段は別記事に書きました。
→ 6名の不動産会社に、Claude Code ではなく Gemini を勧めた理由
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