経営をやっていると、ふとした瞬間に思うことがあると思います。
「あの人が、明日突然来なくなったらどうなるんだろう」
予約調整は店長しかできない。経理は社長の配偶者が全部やっている。物件確認の手順は特定の社員の頭の中にしかない。クレーム対応は副店長じゃないと収まらない。
全部、今は回ってる業務です。回ってるからこそ後回しになる。けれど その人が病気になった瞬間に止まる という構造は、何も変わっていません。
漠然と不安に思っているうちは打ち手が決まりません。「マニュアルでも作るか」と思っても、業務が10個も20個もあれば、どれから手を付けるかが決まらない。
この記事は その不安を業務ごとの点数に変える方法 を整理します。点数にすれば優先順位がつきます。優先順位がつけば、来週から動けます。
「あの人が抜けたら止まる業務」を点数で並べる発想
「あの人がいないと回らない」という経営者の直感は、それなりに正確です。問題は、その直感が どの業務にどれくらい当てはまるか を数字で扱えていない点にあります。
うちが提案しているのは、業務ごとに「独力で最後まで完遂できる人が何人いるか」を数えて、属人化の度合いを3段階で分類する方法です。
- 1人しかできない → 🔴 1人依存(最悪。その人が抜けた瞬間に止まる)
- 2人できる → 🟡 2人OK
- 3人以上できる → 🟢 3人以上(属人化リスクは低い)
この属人化度合いを、業務にかかる 月間時間 と掛け合わせて優先度スコアを出します。属人化していても月1時間しか発生しない業務は実は脅威が小さく、全員できる業務でも月60時間かかっているなら経営インパクトはむしろ大きい。「属人化」と「業務量」の両方を1つの数字に統合する のがこのスコアの役割です。
ちなみにこの「N人いなくなったら止まる」のNを、ソフトウェア業界では bus factor と呼んでいます。1994年に、プログラミング言語 Python の開発体制に対して提起されたのが起源とされています。技術的な背景に興味がある方は Wikipedia の解説 を参照ください。本記事ではあくまで経営の道具として使います。
属人化リスクそのものが経営に効く理由は、別記事の 「あの人しか分からない」をなくす — 担当者が辞めても止まらない業務のつくり方 で書きました。この記事はその続きで、「じゃあリスクをどう数字にするか」の手順編です。
数値化の3ステップ
具体的には3つのステップで進めます。
Step 1: 業務を棚卸しする
まず会社の業務を全部書き出します。日次・週次・月次・案件毎、頻度を問わず、誰かがやっている作業をひとつずつ並べる作業です。
業務の書き出し方そのものは、何を自動化すればいいかわからない人へ — まず業務を棚卸しして可視化する手順 でまとめてあります。あちらの記事は「業務側」の棚卸し、こちらの記事はその先で「人側」の棚卸しを扱います。両方やってはじめて、業務と人の依存関係が見えます。
Step 2: 各業務に「独力でこなせる人の数」を埋める
棚卸しした業務それぞれについて、「この業務を、独力で最後まで完遂できる人は何人いるか」を数えます。
判定はシンプルに4段階で:
- ◎ 主担当として人に教えられる
- ○ 自力で最後までやれる
- △ サポートあればできる
- 空欄 できない / 関わらない
ここでカウントするのは ◎ と ○ の合計です。△ は「最終的には別の人の確認が必要」なので、独力ではないと判断します。
厳密には「業務の継続に必要な知識・権限・スキルを持つ最小数」ですが、実務的には独力でこなせる人の数を埋めれば、その業務の冗長性として十分使えます。
Step 3: 月間時間 × 依存度ウェイトでスコアを出す
業務ごとに月間の合計工数(社員全員ぶん)を見積もり、依存度ウェイトを掛けます。
| 独力でできる人 | 依存度 | ウェイト |
|---|---|---|
| 1人 | 🔴 1人依存 | × 2.0 |
| 2人 | 🟡 2人OK | × 1.5 |
| 3人以上 | 🟢 3人以上 | × 1.0 |
優先度スコア = 月間時間 (h/月) × 依存度ウェイト
スコアの読み方:
- 高いほど「属人化していて、なおかつボリュームも大きい」業務
- 同じスコアでも 🔴×小時間 と 🟢×大時間 では性質が違う(あとで打ち手が変わる)
業務を全部この式で並べると、上位3〜5件くらいが「来月から手を付けるべき業務」として浮かび上がります。
2業種でサンプル計算してみる
同じ計算式が業種を変えても効くことを確かめるため、不動産と美容室の2業種でやってみます。
以下は業界構造を典型化した架空の構成例で、実在企業のデータではありません。実際の会社では役職比率・業務分担・業務時間は大きく異なります。「数値化したらこう見える」という計算プロセスを示すための例として読んでください。
ケース1: 不動産仲介6名
先日の記事 で書いた6名規模の不動産仲介会社を例にします。困りごとは「物件確認や手続きの『やり方』が特定の人の頭にしか入っていない」状態でした。
役職構成(旧型寄りで、業界に多いパターン):
- 代表 1名
- 営業 3名(うち1名はベテラン)
- 事務 2名
この前提でスコアを出すとこうなります。
| カテゴリ | 業務 | 月間h | 独力でできる人 | 依存度 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|
| 契約・書類 | 賃貸借契約書・重要事項説明書 | 25 | 代表のみ | 🔴 2.0 | 50 |
| 集客・反響 | ポータル物件登録(複数サイト) | 30 | 代表+営業A | 🟡 1.5 | 45 |
| 内見・成約 | 内見同行 | 40 | 営業4名 | 🟢 1.0 | 40 |
| 物件管理 | 写真から設備判別・仕様確認 | 20 | 代表のみ | 🔴 2.0 | 40 |
| オーナー対応 | オーナー連絡・条件調整 | 15 | 代表+営業A | 🟡 1.5 | 22.5 |
| SaaS横断 | 物件管理SaaS ⇄ ポータル 二重入力 | 10 | 営業A | 🔴 2.0 | 20 |
| 事務・経理 | 経費精算・月次業績集計 | 12 | 事務2名 | 🟡 1.5 | 18 |
Top 3:
- 賃貸借契約書(50, 🔴) — 代表のみが書ける。「手続きが特定の人にしか分からない」の正体
- ポータル物件登録(45, 🟡) — 2名できるが、複数サイトに同じ情報を入れる作業量が大きい
- 内見同行・写真判別(同点 40) — 性質が違う。内見は営業4名で回せるが時間勝負、写真判別は代表の経験知
ここで観察できる発見が2つあります。
「経費精算は代表がやっていそう」と漠然と不安に思っていても、数値化すると事務2名でカバーできていてスコアは18。思ったほど経営リスクではなかった、と分かります。
逆に「内見同行は誰でもできるし問題ない」と思っていても、月40時間の業務量があり、🟢でもスコア40で上位に来る。時間量の支配力が見えます。
ケース2: 美容室6名
別業種でも同じ式が効くことを示すため、6名規模の美容室で並べてみます。
役職構成:
- 店長 1名 / 副店長 1名
- スタイリスト 2名 / アシスタント 1名 / 新人 1名
| カテゴリ | 業務 | 月間h | 独力でできる人 | 依存度 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|
| 予約・受付 | 予約電話の応対・確定 | 60 | 全員 | 🟢 1.0 | 60 |
| 接客・施術 | 新規客のカウンセリング | 40 | 新人以外5名 | 🟢 1.0 | 40 |
| 接客・施術 | 仕上げチェック | 30 | ベテラン4名 | 🟢 1.0 | 30 |
| 事務・経理 | 給与計算・売上集計 | 12 | 店長のみ | 🔴 2.0 | 24 |
| 教育・育成 | 新人カット指導 | 20 | 店長+ベテラン2名 | 🟢 1.0 | 20 |
| 接客・施術 | クレーム対応 | 8 | 店長+副店長 | 🟡 1.5 | 12 |
| SNS・販促 | Instagram投稿 | 6 | スタイリストA+B | 🟡 1.5 | 9 |
Top 3:
- 予約電話(60, 🟢) — 全員できるが業務量が大きい。属人化ではなく「時間量」の問題
- カウンセリング(40, 🟢) — 新人を除けば全員できるが時間がかかる
- 給与計算(24, 🔴) — 唯一の典型的な属人化。時間は短いが店長が抜けたら止まる
業種で「属人化の質」が変わる
2業種を並べると、上位スコアの正体が違うことが見えます。
| 業種 | 上位スコアの正体 | 性質 |
|---|---|---|
| 不動産6名 | 代表しかできない手続き(🔴)+ 営業の作業集中(🟡) | 属人化主導 |
| 美容室6名 | 予約・カウンセリング・仕上げの時間量(🟢) | 業務量主導 |
「属人化問題」と一口に言っても、業種によって出方が違います。数値化しないと、自社がどちらに偏っているかすら分からない、というのが計算の最大の価値です。
数値化したあとに選ぶ打ち手
スコアが出たら、上位3つくらいに絞って打ち手を選びます。全部やろうとしない のが鉄則です。順位の高い順に1つずつ、3〜6ヶ月で1つの打ち手を仕上げるくらいのペースを目安にしてください。
打ち手は性質ごとに4つあります。
打ち手1: マニュアル化(🔴×中時間に効く)
特定の人しかできない手続き、ベテランの暗黙知に頼っている業務は、まず手順を文章化します。とはいえ「マニュアルを書く時間がない」というのが中小企業ではよく聞く話なので、AI を使って業務を質問形式でヒアリングして整形する方法が現実的です。具体的な実装は 社内マニュアル属人化を Gem で解く:Google Workspace 中小企業向けの実装手順 で書きました。
打ち手2: 既存資料の AI 検索化(🔴×検索時間に効く)
「あの資料どこ?」が口癖になっている会社では、マニュアルを書く以前に、すでにある PDF や Docs を AI で検索できる状態にするだけでも依存度が下がります。月1万円以下で導入した事例は 社内文書の検索時間を90%削減した RAG 導入事例 にまとめてあります。
打ち手3: ツール・道具の置換(🟡×大時間に効く)
複数人でやっているが時間がかかる業務は、ツール置換が効きます。たとえば不動産業の「ポータル登録」のように、同じ物件情報を複数サイトに転記している作業は、物件管理SaaSの自動連携機能で大幅に削減できる場合があります。中小企業のツール選定の考え方は 6名の不動産会社に、Claude Code ではなく Gemini を勧めた理由 で書きました。
打ち手4: 採用・分業 / 引き継ぎ仕組み化(🔴×大時間に効く)
属人化していて、なおかつ時間も食う業務は、人を増やすか、別の人にも教えるかが必要になります。「教える時間が取れない」状況に陥らないために引き継ぎを仕組み化する方法は、 「あの人しか分からない」をなくす — 担当者が辞めても止まらない業務のつくり方 で扱いました。
打ち手選びの早見
| スコアの構成 | 主な打ち手 |
|---|---|
| 🔴×中〜大時間 | マニュアル化、AI検索、採用・分業 |
| 🟡×大時間 | ツール置換、自動化 |
| 🟢×大時間 | 業務設計の見直し、外注、もしくは「時間が長いだけで属人化ではない」と受け入れる |
| 🔴×小時間 | 様子見、もしくは引き継ぎ仕組み化 |
配布スプシと、社員全員での実施について
ここまでの計算を、すぐにやれる形でスプレッドシートにまとめました。
開くと自分の Google Drive にコピーが作成されます。書き込んだ内容は自分の Drive 内にだけ残るので、他社や他人に見られる心配なく、自由に書き込んでください。不動産業向けの業務リスト・美容室向けの業務リストの2シート構成なので、業種が近い方をベースに自社の業務行を追加・編集していけます。優先度スコアと集計値は自動計算されます。
ただし、経営者ひとりで埋めると主観バイアスがそれなりに入ります。
- 「この業務は自分しかできない」と思っていても、実は他のメンバーも回せている
- 「この業務は10時間くらい」と思っていても、計測したら30時間だった
- 「新人は触っていない」と思っていても、実は週に何度か触っている
経営者の頭の中にある業務地図と、現場で実際に動いている業務の実態は、思っているより乖離します。この乖離を埋めるには、社員全員で1枚のシートを埋める時間を作るのが一番確実です。
playparkでは、お客さん先に半日伺って社員全員で業務を棚卸ししながらこのシートを埋める、という出張型ワークショップを提供メニューとして準備しています。1社単位のオーダーメイド型で、現場で出る「実は私もできます」「これは思ったより時間かかってます」のような気付きが、その場で数字に変換されていく設計です。
ご興味あれば お問い合わせ からご連絡ください(相談カテゴリは「DX推進」または「業務自動化」が近いです)。
自社で進められそうなら、まずは配布スプシを埋めてみるのが先決です。それだけでも、漠然と不安に思っていた業務が点数で並ぶので、最初の一手は見えるはずです。
まとめ
属人化リスクを 業務 × 人 × 時間 の3軸で点数化すると、漠然とした不安が優先順位に変わります。
- 業務の棚卸し → 何を自動化すればいいかわからない人へ
- 人の棚卸し(本記事)→ 配布スプシで自社のスコアを出す
- 打ち手 → スコア上位3つに絞って、性質に合った打ち手を1つずつ
両方をやってはじめて「来週から動ける状態」になります。



