「ごはん中はスマホ置こうよ」と言うと、空気が悪くなる。
言った側は別に責めたいわけではなくて、ただ目の前にいる人と話したいだけ(それだけ)です。それでも口に出した瞬間に「監視された」「ルールを押し付けられた」と受け取られる。会話を増やしたくて言ったのに、結果として会話が一段冷える。家庭でも恋人同士でも、一度は経験のある光景だと思います。
playpark で今、Ima. という iOS アプリを開発しています。食卓やデート中の 15〜60 分(要するに「いま目の前の人と話したい時間」)、家族・恋人と一緒にいる時間だけ全アプリを Shield する小さなアプリです。LP はこちら: https://ima.playpark.co.jp
作っていて早い段階で気づいたのは「これは技術仕様の前に、UX 思想を先に定義しないと一行も書けない」ということでした。今回はその思想 — 「合意の儀式」という設計コンセプトについて書きます。プロダクトの宣伝というより、デジタルデトックス系プロダクトに普遍的に効きそうな設計原則の共有として読んでもらえると嬉しいです。
Ima. とは何か
ひとことで言うと、家族や恋人の全員が iPhone で同時にタップして「合意」することで Shield セッションが開始されるアプリです。誰か 1 人が決めるのではなく、全員が能動的に「いまは置く」と選ぶ。離れたら自動で解除されます。
コアコピーは「使わなくなるほど、効いている」。要は「家族が食卓で自然にスマホを沈める習慣を身につけたら解約してよい」という卒業可能な設計です(SaaS としてこれを言い切るのは、正直それなりの覚悟が要ります)。継続率やストリーク表示で粘着させる仕掛けは最初から入れない方針で作っています。
現状は TestFlight でクローズドベータ中で、App Store には近日公開予定。LP では Depth Scroll で「沈むスマホ」のメタファーを表現しているので、コンセプトを最短で掴みたい方はそちらを見てもらえると速いと思います。
なぜ「強制」ではなく「合意」なのか
ここが思想の核です。
スクリーンタイム系の機能は、Apple 標準にも各種サードパーティにも既にあります。それでも食卓のスマホ問題が解決していない理由は、技術不足ではなく 設計の非対称性 にあります。
既存のペアレンタルコントロールはほぼ全て「親が解除キーを持つ」構造です。子は守られる対象、親は管理する側。これは未就学児には妥当でも、中学生や夫婦・恋人の関係には適用できません。「お前のスマホ依存を直してやる」と宣言されて喜ぶパートナーはいない(いたらむしろ心配です)。
一方で「自分で自分を制御する」自律型のロックアプリは、続きません。自分でロックして、自分で解除できるなら、結局解除します。意志の力に賭けるプロダクトは、意志の弱い夜に必ず負けます。
Ima. が選んだのは第三の道で、「時間局所の動作対称性」と呼んでいる考え方です。親子関係は構造的に非対称でも、この 15 分の食卓においてだけは、スマホに触れる権利を全員等しくする。誰か 1 人が「解除キー」を持つ構造を、セッション中だけは消す。
そのために必要だったのが「全員のタップで開始する」という合意の手続きでした。誰かが一方的に始めるのではなく、全員が能動的に「いまは置く」と意思表示してからしか始まらない。スキップした人は Shield 対象外で、責められません(責めたら設計が崩れるので、ここは絶対)。これを設計に組み込んだ瞬間に、ロックは「縛り」ではなく「儀式」になります。
「儀式」としてのオンボーディング
合意を儀式として成立させるには、初回体験の設計がほぼ全てです(裏を返すと、ここで失敗したらあとから取り返せない)。
Ima. のオンボーディングは 5 ステップで構成しています。
- 利用規約に同意する
- 緊急解除の練習(ドリル)を 1 回通す
- Family Controls の OS 認可ダイアログに答える
- Shield 対象アプリを選ぶ
- 家族写真を 1 枚登録する
このうち 2 番目と 5 番目が「儀式」を成立させるための設計上の発明です。
緊急ドリルを規約と同じ重さでオンボーディングに置いたのは、「困ったらいつでも解除できる」という安心がなければ合意は成立しないからです。3 秒長押しで Shield が解ける、という体験を実際に指で覚えてから次へ進む(「読みました」のチェックボックスより、指の記憶のほうが信用できる)。これは法務的にも「使用者が緊急解除方法を理解した状態でのみサービス提供開始」を担保するための設計でもあります。
家族写真の登録は機能的には Shield 画面の背景を作っているだけなのですが、これがあるとないとで「儀式感」が全然違いました。アプリを開けない瞬間に出てくるのが汎用イラストなのか、自分の家族の顔なのかで、押そうとした指が止まる効果が変わります。Shield は「禁止される体験」ではなく「思い出す体験」であってほしい、というのが意図です。
ここで一つ実装の小話を挟むと、初期実装ではこの 5 ステップ目を終えてもメイン画面に遷移しないというバグがありました。最終ステップの状態変化が SwiftUI の再評価をトリガーせず、再起動するまで完了扱いにならない、という挙動です。「家族写真まで真心込めて設定したのに、メイン画面が来ない」— 儀式の余韻を自分のバグで完全に殺していると気づいて、急いで直しました。儀式の設計では、最後の一歩の手触りまで含めて作り込まないと、それまでの全工程が無効化されます。
離れたら自動で解除する
セッションの「始まり」が儀式なら、「終わり」は身体性で決めます。
具体的には、ペアになっている iPhone 同士の Bluetooth Low Energy(BLE)の電波強度(RSSI)を 1 秒に 1 回測定して、移動平均が一定値を下回ったら自動で Shield を解除します。物理的に部屋を離れたら、約 30 秒以内に Shield が解ける(席を立ってから玄関に着くより早い、くらいの感覚)。
これは技術的には UWB(Nearby Interaction)を使えばもっと精密にできるのですが、あえて BLE 単一にしています。理由は思想の話で、「壁越えは別の部屋にいる = 一緒にいない」という Ima. の定義と、BLE の壁減衰特性が偶然きれいに噛み合うからです。精度が低いことが、ここでは設計の味方になっている(精密だと「目の前にいるのに解けない」が起きやすい)。リビングから子供部屋に消えたら、一緒の時間は終わり。距離をミリ単位で測る必要はなく、むしろ壁の有無で判定が変わる方が思想と一致します。
手動で「終了」ボタンを押させない、というのも大事にした設計です。終わりに儀式は要らない。気がついたら席を立っていて、廊下を歩いている途中で Shield が静かに解ける、くらいでちょうどいい。「いつ終わったか」を意識させた瞬間に、それは制度になります。儀式は始まる時だけあればいい。
緊急時の離脱経路は必ず残す
ここは思想と実装が最もシビアに交差する場所です。
「強制ではなく合意」と言いながら、いざという時に Shield が解けないと、それは詐欺的に強制です。3 秒長押しで Shield を解除する緊急ボタンを画面中央下に恒久配置し、パスワードも、BLE 切断待ちも要求しません。
この緊急ボタン、実装初期に間欠的に動かない不具合がありました。原因は SwiftUI のジェスチャ判定で、3 秒押している間に指が 10pt 以上ずれるとジェスチャ自体が失敗扱いになって、解除が発火しない、という仕様でした。プログレスリングは別のジェスチャで駆動していたので、見た目はリングが満タンになっているのに解除されない。ユーザーから見ると「3 秒しっかり押したのに動かない」状態です(しかも 100% 描画されたリングを眺めながら)。
これに気づいた瞬間、心臓が冷えました。緊急時の機能が「指がブレたから動きませんでした」では、設計思想として致命傷です。すぐに修正し、見た目のプログレスと解除判定を同じタイマーで駆動するように統一しました。
教訓として残ったのは、デジタルデトックス系プロダクトでは「離脱経路の確実性が、ロック機能の信頼性そのものである」ということです。離脱経路が信用できないと、ユーザーは Shield をオンにすること自体を恐れます。「いざとなったら確実に解ける」が担保されてはじめて「じゃあオンにしてもいいかな」と思える。Shield の堅さより、抜け道の堅さの方を先に作る — 順番を間違えると、誰もスイッチを入れてくれません。
「合意」を経済設計まで貫く
合意の思想は、実は課金設計にも染み込ませています。
家族で使うアプリで、一人ひとり個別課金にすると、誰か一人だけ Pro で他はフリー、という非対称が生まれます。これは Ima. の「時間局所の動作対称性」と相性が悪い(食卓で「あなたはフリープランだから今日はスキップね」と言われたい人はいません)。
そこでサブスクは Apple のファミリー共有を前提にして、「家族の誰か 1 人が払えば、ファミリー共有でつながっている家族全員が同じく Pro になる」というモデルにしています。世帯の中で誰がスポンサーになるかは家庭で決めてもらう。子が払うことはまずないし、決まりとして親が払うべきとも言わない。世帯の中で自然に決まる役割を、そのまま課金構造に反映しました。
加えて、無契約で 1 回はフルセッションを試せるようにしてあります。「1 回使ってみて、次の食卓もやりたいと思ったら家族で相談して契約する」という流れで、課金の意思決定そのものを家族の合意プロセスに巻き取る。儀式の思想を、見えないところまで一貫させたかった、というのが裏側の意図です。
「使わなくなるほど効いている」が意味すること
最後に、コアコピーの話に戻ります。
「サブスクなのに使われなくなった方がいい、って実際どうなの?」と、自分でもしばらく考えていました。
サブスクリプションプロダクトの常識から言えば「使わなくなる」は失敗です。継続率を下げるし、解約につながるし、LTV を毀損する。普通は使用頻度を上げるためにストリーク表示や通知での再訪促進を入れます(毎晩 21 時に「今日もスマホ置きましょう」と通知が来るアプリ、想像するだけで重い)。
Ima. ではこれを全部入れないと決めています。家族が Ima. なしで自然に食卓にスマホを持ち込まなくなったなら、それは Ima. の成功であって失敗ではない、と定義し直した。資金調達もブートストラップ前提にして、TAM 天井や LTV 最大化を必須制約から外しました。これがあって初めて「使わなくなるほど効いている」というコピーを事業的に矛盾なく掲げられます。
このコピーは、要するに 「補助輪としてのプロダクト」を引き受ける宣言です。永続的な顧客拘束を目標にしない。家族の時間という大事なものを、アプリへの依存に置き換えてしまったら本末転倒だから。儀式は習慣になり、習慣が成立したら儀式は消えてよい。
合意の儀式 UX は、儀式が不要になることをゴールとする設計です。ロックアプリを作りながら「使われなくなりたい」と思っているのは、自分でもなかなか倒錯した姿勢だと思います。それでも食卓に戻る家族が一組でも増えるなら、事業の意義としてはその方が大きい、というのが今の判断です。
おわりに
Ima. は現在 TestFlight でクローズドベータ中、近日 App Store 公開予定です。コンセプトに共感してもらえる方は、ぜひ LP をご覧ください。
「強制ではなく合意」という設計思想は、デジタルデトックス領域に限らず、ユーザー同士の関係性が絡むプロダクト全般に応用できるはずです。家計簿アプリの夫婦共有、子供のゲーム時間管理、リモートチームの集中時間共有 — どれも「誰かが解除キーを持つ」設計から「全員が等しく合意する」設計に組み替える余地があります(「キーを誰が持つか」の戦いから降りられる、と言い換えてもいい)。
UX 設計のひとつの実験例として、どこかのプロダクト議論のヒントになれば嬉しいです。



